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2024年2月17日 ピアニストが暗譜で演奏しなくてはいけないのは誰のせい?

三寒四温の日々となり
梅の花も咲いて春の近づきを感じる頃となってきました。

勤務している音大も春休みに入り
音高も実技試験が終わって今年度の学校でのレッスンはほぼ終わり。
家でのレッスンは普通にありますが
2月半ばにしてすでに春休み気分になっている宮本聖子です。

学校が長期休暇の間はレパートリーを増やすチャンス!
9月末のリサイタルで弾くブラームスの曲が
今まで全く勉強したことのない曲なので
この休み中に何とかものにして暗譜をしてしまいたいと思っていますが

ああ、暗譜…
子どもの頃は何の苦労もなく
練習しているうちに勝手に覚えてしまっていたのに
いまや
ソロで演奏するときに感じる不安の9割は暗譜。

一度しっかり勉強して死ぬほど練習した曲は
手と体が覚えているので記憶が戻ってくるのも速いのですが
まっさらな状態から始める曲は
年々頭に入りづらくなっていて
実はすでに数か月ブラームスを練習しているのに
ちぃとも覚えられん…(泣)

大体なぜピアニストは暗譜で演奏しなければならないのか?
それはクララ・シューマンのせい。
彼女以前は「作曲者への敬意を示すために」本番でも譜面を舞台に置くのがならわしでした。

彼女が楽譜なしで暗譜で演奏することを始めて
それが習慣となって現代まで続いているのです。

クララ・シューマン(1819-1896)は
有名な作曲家ロベルト・シューマンの奥さんです。
高名なピアノ教師であった父親から英才教育を受け
天才少女として幼少のころからピアニストとして活躍しました。

ピアニスト志望だったロベルトはクララの父親に弟子入りしましたが
無理な練習をして手を壊しピアニストになることを諦めました。
音楽批評と作曲に専念することになります。

そしてロベルトは師匠の娘クララと恋に落ちます。
二人が愛を確かめたのはシューマン25歳、クララ16歳のとき。
結婚をしたいと望みますがクララの父親は大反対。

ピアノ教師としての自分の最高傑作である娘を
海のものとも山のものとも知れない作曲家風情の男に獲られるなど許しがたく
二人の仲を引き裂くための父親の妨害行為が凄まじ過ぎて裁判沙汰にもなりました。

がロベルト30歳、クララ20歳の時に晴れて結婚。
クララは8人の子を生み育て
精神を病んでいく夫を献身的に支えながら演奏活動をしました。

クララ37歳の時にロベルトが精神病院で死去し
7人の子を抱えて未亡人になりましたが
演奏活動や教授職、楽譜編纂など夫の死後も精力的に活動し

シューマン夫妻が才能を見出して世に出した
14歳年下のブラームスにも愛されて(二人は結婚はしませんでしたが)
生涯彼に音楽的インスピレーションを与え続け

ピアニストとして、女性として輝かしい人生を送りました。
ドイツでは通貨がマルクだったころ
100マルク札にはクララの肖像が印刷されていました。
(夫はお札にはなってなかった)

そんなスーパーウーマンに
尊敬とあこがれを持ってはいるのですが
彼女の作った「暗譜で演奏する」という習慣には苦しめられているので
その点だけは
「余計なことをしてくれた」
と思ってしまいます(苦笑)

でもさすがのクララも晩年は
「暗譜がつらい・・・」と言ってたらしい。
最近楽譜を見ながら弾くピアニストも見かけるようになりましたね。
ルイザダとかツィメルマンとか。
リヒテルも晩年は楽譜を置いて譜めくりもつけて弾いてました。

そんな超一流でも楽譜を見ながら弾くのだから
暗譜の不安で音楽が損なわれるより
楽譜を見ながらリラックスして音楽的に弾いた方がいい。
とは思うものの

楽譜が目の前にあったら
それに甘えて練習の質も甘くなり
暗譜ならではの集中力と緊張感から生まれる
究極の世界に到達できなくなるような気もするので

もうしばらくは暗譜の恐怖と戦いながら
衰えつつある記憶力を奮い立たせて
暗譜で頑張ろうかなと思っております。

暗譜の方法についてのお話はまたいつか。

最後までお読みいただきありがとうございました。
寒暖差が激しい時期ですがどうぞご自愛くださいね。

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